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9月, 2025の投稿を表示しています

グッバイ親知らず

数年前から、親知らずの存在には気づいていた。 レントゲンにもはっきり写っていたし、「いつかは抜かないといけないな」と思いながら、忙しさと恐怖を言い訳に先延ばしにしていた。 1ヶ月ほど前のある日、突然奥歯に激痛が走った。 親知らずが脳裏をよぎる。 引越ししてからというもの、近所の歯医者には一度も行けておらず、目をつけていた歯科医院に、思わず電話をかけた。 診てもらうと、やはり親知らずが虫歯化していた。 抜くしかないとのこと。 覚悟を決めて、抜歯の日程を決めた。 そして迎えた抜歯当日。 先生から丁寧に説明を受ける。 実は私、体にメスを入れるのは人生初。 麻酔が効いているとはいえ、怖いものは怖い。 治療台の上で、心拍数がどんどん早くなり、鼓動が自分でもわかるほどになる。 いざ処置が始まると、痛みこそないが、ガリガリ、メリメリという音と振動がダイレクトに体に響く。 完全にホラーである。 途中、「口閉じていいですよ」と声をかけられるも、麻酔が効きすぎてうまく閉じられない。 結局、歯科助手さんがやさしく閉じてくれる。 ちょっと恥ずかしい。 そんなこんなで、抜歯は無事終了。 大きなトラブルもなく、処置は完了。 現在は、消毒や薬の服用など、アフターケアの真っ最中である。 一歩大人になった気がした。歯は減ったけど。

解体される家

実家の近所には、血縁以外に私を育ててくれたご近所さんがいる。 通称「きいばぁ」と「しまばぁ」。みんないつも優しかった。 厳格な祖母との対比もあって、よく遊びに行った。 そんな頃も遠い昔。私も40手前になった。 しまばぁは、いつのまにか亡くなっていた。 家族との会話の流れのなかで知った。(教えろよ、と思った。) そして先日、きいばぁは高齢ということもあって、息子さんたちのいる宝塚へ引っ越した。 残されたのは、大工であるきいばぁのご主人が建てた家だけ。 大学で建築を学びたいと思った要因のひとつは、間違いなくきいばぁの家にある。 誰かが家を建てたというストーリーが、身近にあったことが影響していると言える。 きいばぁの家も、住み手がいなくなればただの古い空き家になる。 住み手がいなくなった家が朽ちるのは早い。 そこは潔い性格のきいばぁはさすがで、すぐに解体を決意していた。 そして、先日から解体が始まったそうだ。 母から進捗の様子として写真が送られてくる。 立派な大黒柱、年季の入った土壁。 家財道具のなくなった家は、きいばぁのように潔く、かっこいい。 少しずつ解体される家。 解体の様子がなぜか美しい。 思い出と共に、淋しさが残る。 ひとの家なのに。 諸行無常。 そう言えばそれまでだけど、確かにあの家があり、きいばぁがいて、そこに私の思い出も確かにあった。