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「整う」がわからない

仕事の関係もあって、最近サウナに挑戦しています。 サウナに入り、水風呂に入り、休憩する。 調べたところによると、これを何度か繰り返すことで、いわゆる「整う」という状態になるらしいので、やってみています。 でも、いまいち「整う」がわからない。 そもそも「整う」とは、どんな状態なのか。 AIに聞いてみたところ、こんな感覚があるそうです。 ・身体の力が抜ける。 ・頭がぼんやりするのに、不思議とスッキリしている。 ・呼吸が自然にゆっくりになる。 ・椅子に座っているだけなのに妙に気持ちいい。 ・身体がふわっと浮くような感覚がある。 ・「しばらくここにいたい」と感じる。 なるほど。 一つずつ自分の身体と照らし合わせてみます。 「身体の力が抜ける」 これは、あります。でも、それを「気持ちいい」とは思えていません。 「呼吸が自然にゆっくりになる」 言われてみれば、確かにそうなっています。 「身体がふわっと浮くような感覚がある」 これも、あります。 ・・・多分、整っている。 どうやら私は、サウナーの皆さんが「整う」と表現している身体変化の一部を、すでに経験しているようでした。 ただ、その感覚にポジティブな意味づけができていない。 身体の力が抜けて、少しふわっとする。 サウナーなら、 「きた。整った。」 となるのでしょうが、私は、 「うーん、まぁ、言われれば。」 くらいに受け取っている。 同じ身体変化でも、それをどう認識するかによって、体験はずいぶん変わるものです。 もしかすると「整う」とは、身体の状態だけではなく、その状態を「気持ちいい」と認識できるところまで含めた言葉なのかもしれません。 経験を重ねれば、その感覚も変わってくるのでしょうか。 ちなみに、今のところ間違いなく「気持ちいい」と思えている瞬間があります。 脱衣所の扇風機。 風呂から上がり、身体を拭いて、扇風機の前に立つ。 これは文句なしに気持ちいい。 整ったかどうかはわかりませんが、扇風機はわかる。 果たして私は、これから「整える」ようになるのでしょうか。

良い問いは、登りやすい階段のように

先日、ファシリテーション講座で講師を務めました。 その中で、「良い問いとは何か」という話をしました。 限られた時間だったこともあり、「どんな問いが良いか」についてはお伝えできましたが、「良い問いにどうやってたどり着くのか」までは話せませんでした。 そんなことを考えていた矢先、よく聴いているポッドキャストで印象的な話がありました。 スピーカーは講演経験も豊富な方。 講演後の質疑応答について、「準備された本質的な質問ばかりだと、実は話しづらい」という趣旨の話をされていました。 なるほど、と思いました。 質問する側としては、せっかくの機会だから良い質問をしたい。できれば、相手の本質に迫るようなことを聞きたい。 でも、いきなり本質的なことを聞かれても、話す側は答えづらいのかもしれません。 経験上、「あの話、面白かったです」という、質問ですらないような感想から会話が始まり、思いがけず深いエピソードを聞けたこともあります。 「あの話、面白かったです」 「そうですか。実はあれにはこんな経緯があって……」 「そうだったんですね。その時はどう考えていたんですか?」 そんなふうに、少しずつ話が深くなっていく。 良い問いを一発で投げることよりも、そこまで相手が無理なくたどり着けることの方が大切なのかもしれません。 そんなことを考えていたら、不意に「階段」が思い浮かびました。 階段には、「蹴上(けあげ)」と「踏面(ふみづら)」があります。 蹴上は、一段の高さ。踏面は、足を乗せる部分の奥行きです。 問いも、これと同じように考えられるのではないでしょうか。 蹴上は、問いの答えやすさ。 一段が高すぎる階段が登りづらいように、いきなり抽象的で本質的な問いを投げられると、答える側にも大きな負荷がかかります。 まずは簡単に答えられる問いから始める。そこから、少しずつ深い問いへ進んでいく。 問いにも、登りやすい高さがあるのだと思います。 そして踏面は、話を広げられる奥行き。 踏面が狭すぎれば、足を置く場所がない。問いも同じで、「はい」「いいえ」で終わるような問いばかりでは、なかなか話が広がりません。 一方で、広すぎる問いを投げれば、今度はどこに足を置けばいいのかわからなくなる。 相手が安心して立ち止まり、少し考え、そこから次へ進めるくらいの奥行きが必要です。 そして階段は、一段だけではありません。 蹴上...

まちづくりか、地域づくりか

関係者以外にとっては、どうでもよい話かもしれません。 ただ、私はわりと気にしています。 いわゆる地方創生や地域活性化、社会課題への対応といった取り組みを、「まちづくり」と呼ぶのか、「地域づくり」と呼ぶのか。 なかには「まちおこし」と呼ぶ人もいます。 おそらく、明確な正解はありません。言葉の使われ方は地域や分野によっても違いますし、同じ取り組みを指して、ある人はまちづくり、別の人は地域づくりと呼ぶこともあります。 それでも、あえて自分の立場を整理するなら、私は「地域づくり」という言葉を選んでいるのだと思います。 「まち」という言葉に、私は少しだけ生活との距離を感じます。 「今日は、まちに行く」 そんな言い方があるように、「まち」は日常の暮らしから少し離れた、店や施設が集まる場所を指すことがあります。 私の地元でも、「あんた、まちのもんね?」と言う会話を聞くことがありました。 同じ地域に暮らしていても、住んでいる場所によって「まちの人」と、それ以外の人が分けられている。その言葉には、空間的にも心理的にも、少し距離が含まれていたように思います。 もちろん、中心市街地の活性化や商店街の再生、公共空間の整備などについては、「まちづくり」という言葉がよく似合います。 建物や道路、広場、店舗などが集まる場所をどうつくり、どう使い、どのような活動を生み出すのか。 そこには、「まち」という対象が比較的わかりやすく存在しています。 一方で、私が関わる仕事の現場には、「まち」と呼ぶには少し輪郭の曖昧な場所も少なくありません。 集落や中山間地域、離島。 住宅と農地、職場、学校、福祉施設などが近接し、仕事と暮らし、人間関係が分けられない場所です。 そこで扱うテーマも、商業や観光だけではありません。 子育て、福祉、防災、教育、産業、文化、移動、人と人とのつながり。 一つの課題が、暮らしのさまざまな領域と結びついています。 そう考えると、「地域」という言葉の方が、私が向き合っている対象を包み込みやすいのです。 地域は、単なる場所ではありません。 そこに暮らす人、働く人、通う人、関わる人によってつくられる関係のまとまりでもあります。 だから地域づくりとは、何か新しい施設や事業をつくることだけではなく、暮らしの中にある関係や営みを捉え直し、これから何を実現するのかを考えることなのだと思います。 「ま...

公共性を支えるファシリテーション

 昨年あたりから、ファシリテーション研修のご依頼をいただく機会が増えました。 これまでは、ファシリテーションをどちらかといえば「スキル」として捉えていました。 場を設計する。意見を引き出す。議論を整理する。合意形成を支援する。 もちろん、それらは今でも大切な技術です。 ただ、研修の機会が増える中で、ファシリテーションの役割そのものについて考えることが増えてきました。 同じ時期に、「公共性」についても少しずつ学び始めました。 その中で印象に残っているのが、「公共性は平等ではない」という話です。 公共という言葉には、どこか「みんなに開かれているもの」という響きがあります。 けれど実際には、公共の場にすべての声が同じ重さで届くわけではありません。 声が大きい人の意見が通ることがあります。 発言に慣れている人の考えが中心になることがあります。 立場の強い人の言葉が、場の方向性を決めてしまうこともあります。 一方で、小さい声は公共に反映されづらい。 うまく言葉にできない声。 遠慮してしまう声。 そもそも場に届いていない声。 そうした声は、放っておくと見えないままです。 だからこそ、ファシリテーションには大きな意味があるのだと思います。 多様な人の意見を拾い、場に出し、整理し、見える形にしていく。 それは単に会議を円滑に進める技術ではなく、公共性を支えるための営みでもあります。 とはいえ、多様な意見をすべて反映させることが大事だとは思っていません。 現実には、時間も予算も人も限られています。 すべての意見をそのまま実現することはできません。 最終的には、限られたリソースの中で、必要なものが選択されていくべきだと思います。 ただ、その選択の前に、何が語られ、何が見えていなかったのか。 どんな立場の人がいて、どんな小さな声があったのか。 それが可視化され、記録され、場に残ることには意味があります。 公共とは、全員が同じ意見になることではありません。 全員が納得することでもありません。 公共とは、異なる立場の人が出会い、互いの存在を認めながら議論できる状態のことだと思います。 意見が一致しなくても、そこに異なる立場の人がいることを知る。 自分とは違う困りごとや願いがあることを理解する。 その存在が可視化され、尊重される。 そこに、公共性の土台があるのではないかと感じています。...

春を待つ果実、サワーポメロ

いちき串木野市の仕事の一環で、サワーポメロに関わっています。 個人的に、とても好きな果実。 存在感があって、爽やかで、そして美味しい。 この時期になると、我が家でもよく食べています。 ただ同時に、サワーポメロは「もったいない果実」でもあると思っています。 サワーポメロは「酸っぱい果実」というイメージを持たれがち。 でも、その多くは食べ方やタイミングの問題だったりします。 例えば、薄皮を剥かずに食べてしまうこと。 例えば、収穫時期ではないタイミングで出回っているものを食べてしまうこと。 例えば、十分に熟成する前に食べてしまうこと。 ちゃんと薄皮を剥き、時期を理解し、しっかり寝かせてから食べる。 そうすると、驚くほど爽やかで美味しい果実になります。 実際、熱狂的なファンも多い果実だと感じています。 そしてサワーポメロには、もうひとつの楽しみ方があります。 それは、食べるまでの時間も楽しめることです。 サワーポメロはとても大きな果実で、特徴的な色をしています。 部屋に置いておくだけで、なかなかの存在感があります。 我が家では、キッチンの見えるところに置いています。 まるで季節の花を飾るように。 しばらく置いていると、熟成が進み、だんだんと甘い香りが立ってきます。 息子がそのサワーポメロを手に取り、 「食べごろかなぁ?」と香りを嗅ぐ。 そんなやり取りも、なんだか嬉しいコミュニケーション。 いちき串木野市では、親が子どもにサワーポメロを剥いてあげる、という話もよく聞きます。 皮を剥くのが少し面倒な果実でもありますが、見方を変えれば、それだけ家族の記憶に残る果実でもあるのだと思います。 サワーポメロの収穫時期は、晩冬。 だいたい1月中旬から2月下旬ごろです。 そこからたっぷり寝かせて、春を感じ始める3月に食べる。 まさに春を待つ果実だと思います。 この一連のストーリーが、もっと伝わってほしい。 いつもそう思っています。 サワーポメロの木が植えられてから、もう50年以上が経つそうです。 それでもまだ、認知度や楽しみ方は十分に伝わっているとは言えません。 庭木で採れることもあり、「もらう果実」というイメージも強いかもしれません。 ですが、農家さんが本気で作るサワーポメロは、やはり違います。 適切な時期に、適切な食べ方で、きちんと価値が伝わる。 そんな認識のもとで選ばれ、食べられる果...

共感の顔をしたカットイン

先日、とある方へのヒアリングの場に参加しました。 私以外にも数名がいて、初めてお会いする方もいました。 ヒアリングが始まり、少しずつ場の空気や会話の流れが見えてきます。 その中で、少しモヤモヤする出来事が・・・ こちらが質問を投げかける。 それに対して、ヒアリング対象の方が丁寧に答えてくださる。 話を聞いていると、「もう少し深く聞けそうだな」という瞬間が・・・ そんな時に、別の方がカットインしてくるのです。 話に対して共感を示しながら、 「わかります」「そうですよね」と言いながら、 その流れで自分の情報や経験を挟み込んでくる。 共感しているのだから、悪いことではないはず。 むしろ場を盛り上げようとしているのかもしれません。 ただ、そのたびに、 聴きたかった話の筋が少しずつ逸れていきます。 そしてまた質問。 そしてまたカットイン。 その繰り返しでした。 「カットインしないでください」と言うのも野暮な話。 場としては成立していましたし、決して悪い雰囲気ではありませんでした。 ただ、終わった後に思ったのです。 「もっと聞けたはずだったな」と。 あの瞬間、もう少し軌道修正できたかもしれない。 そう考えると、少し反省も残りました。 ヒアリングが終わった後、この出来事についてAIと対話してみました。 そこで出てきた言葉が「自己投影型共感」です。 相手に共感しているようでいて、 実はその共感をきっかけに自分の話へと接続していく。 もしかすると、その方は認められたかったのかもしれません。 承認欲求の一つの表れだったのかな、とも思いました。 共感自体はとても大切なものです。 けれど、場によっては「聴くこと」に徹することのほうが大事なこともあります。 今回の経験を通して、 自分自身も場の流れをもう少し丁寧に整えられるようになりたいと思いました。 次は、もう少し良い時間にできるように。

桃太郎だって行間で戦っていたのかも。

  先日、息子が借りてきた、五味太郎さんの『だれでも知っている あの有名なももたろう』を読みました。 有名な桃太郎のストーリーの「見えていないところ」を描き直した絵本です。 読んでみると、その裏側を想像する行為そのものがとても刺激的で、物語の見え方が一気に変わりました。 描かれていない部分にどれだけ想像を巡らせるか。 誰もが知っている物語を、どう読み替えるか。 そうした行為こそが、クリエイティビティなのだと感じます。 大学時代、設計の授業で ラーメンズの「風と桶に関する幾つかの考察」 を見るようにと言われたことがあります。 「風が吹けば桶屋が儲かる」という慣用句をもとに、因果関係を何パターンも描き変えるコントです。 同じ素材でも、つなぎ方次第でまったく別のストーリーになる。 その柔軟な視点は、今思い返しても鮮やかでした。 こうした「見えていない部分を読む力」は、地域づくりにも深く関係していると思っています。 地域の表面には、数字や課題や成功事例が並びます。 けれど、本当に動かしているのは、その裏側にある関係性や、気づかれずに眠っている価値だと思います。 そこに想像を巡らせられるかどうかで、地域のストーリーは大きく変わります。 どこにでもありそうな地域で、 たまたま出会った人たちと、 地域を好転させるストーリーをどう描けるか。 成功事例をそのまま当てはめ、受け止めるのではなく、 行間を読み、背景を理解し、自分たちの物語を再編集していく。 その積み重ねこそが、地域を変えていく力につながると感じます。 地域づくりに求められるクリエイティビティは、 派手さではなく、見えていない部分に想像(創造)を差し込む力。 そして、その「読み取ったもの」をストーリーとして編んでいく力なのだと思います。

「モモ」とファシリテーション

先日、ご依頼をいただき、自治体関係職員向けにファシリテーション研修を実施しました。 これまでの経験を活かしながら構成しましたが、少し盛り込みすぎたかもしれません。 それでも、自分自身がファシリテーションについてじっくり考える貴重な時間になりました。 最近、息子の寝かしつけの時間に、ミヒャエル・エンデ著『モモ』を読み聞かせしています。 (理解出来ているかどうかはわかりません。笑) 言わずと知れた名作ですが、改めて読むと、ファシリテーションに通じる要素が多くあることに気づかされます。 主人公・モモの特技は「傾聴」です。 モモは、人の声に耳を傾けます。 そして、彼女が何かを“する”わけでもないのに、話した人たちは次第に自分の中で答えを見つけ、問題が解決していきます。 まさにファシリテーターの姿そのものです。 ただし、この傾聴には時間がかかります。 (しばしばファシリテーションやワークショップのデメリットで言われる点と重なります。) モモの世界では、その「時間」を奪う存在として“時間泥棒”が登場します。 人が効率や成果を求めすぎるあまり、大切な対話の時間を手放していく。 この構図は、現代の私たちにも重なります。 ファシリテーションとは、意見を引き出し、整理し、まとめていく技術であると同時に、 “人が考える時間”を支える営みでもあるのだと思います。 モモのように相手の声に耳を傾けること。 そして、その沈黙を恐れず、時間を共にすること。 それが本来のファシリテーターの姿なのかもしれません。

木削り

最近、趣味を模索しています。 歳を重ねるごとに、安定思考になり、失敗したくない気持ちが強くなった気がします。 そんなことを先日友人にも指摘されて、30代最後の年に「これから続けられる趣味」を見つけようと思っています。 そんなこんなで、木を削りはじめています。 なぜ木削りなのか。 前職の頃に参加した「ヨウさんの木削り教室」を思い出したから。 とても心地よい時間だった記憶が残るワークショップ。 ヨウさん——本名は滝本ヨウ。 都市計画コンサルタントとして激務を続けるなか、心を病み、不眠症に悩んだ時期があったそう。 そんな時、親友から送られてきた一本の切り出しナイフといくつかの木片が、木削りを始めるきっかけに。 その瞬間、忘れていた少年時代の感覚が蘇ったそうだ。 自然の中で夢中で木を削っていた頃の自分。 それは「頭で考える自分」ではなく、「心と感覚で生きていた自分」との再会だったとヨウさんは語っています。 木削りは、何か用途のあるものを作るわけではなく、 自分で選んだ木と対話しながら、ただ削る。 年輪に沿い、節に出会い、考えながら刃を入れていく。 終わりも自分で決める。 ヤスリをかけて、ワックスを塗ったら完成。 それだけの行為なのに、確かに満たされる。 ヨウさんは言っていた。 「木削りは、木に触れて自然を感じる時間。そして、素直な自分に還る時間。」 彼が大切にしているのは、機械文明ではなく、人の手による“文化”としての暮らし。 自然と人との間にある、ゆるやかな呼吸のような関係だ。 そんなワークショップを思い出して、ふと自分でもやってみはじめました。 ホームセンターで廃材を探し、肥後守を一本購入。 削り始めて小一時間。 特に用途はない。 それでも短い時間の中で、木に愛着が湧いてくる不思議。 削る音と木の香り。 手の中に残る感触。 その小さな積み重ねが、思考をほどいてくれる。 きっと、しばらく続けると思います。

住居とコミュニティ

安定の書く書く詐欺で前回から1年。 相変わらず続かないブログを性懲りも無く更新します。  最近あったことをつらつらと書こうかなと。 コミュニティづくり推進大会のパネルディスカッションに登壇 先月、鹿児島県コミュニティづくり推進大会にてパネルディスカッションに登壇しました。 コーディネーターとして、島根県の田中輝美さん、頴娃町の加藤潤さん、横川町の白水理恵さんをゲストに迎え、それぞれの地域での取り組みについてお話を伺いました。 特に印象的だったのは、地域の「受け入れ側」と「受け入れられる側」の所作についての議論です。移住者を迎え入れる地域のスタンスや、移住者自身がどのように地域に馴染んでいくかといった視点が交わされ、とても興味深い内容となりました。 また、田中さんとは同郷ということもあり、地元の話題でも盛り上がり、改めて自分のルーツを再認識する機会にもなりました。 リノベーションで新しい暮らしへ プライベートでは、大きな変化がありました。引っ越しをして、新たな住まいに移りました。 マンションを購入し、建築家の辻琢磨さんに「更新設計」を依頼。今まで使っていたものを活かしながら、暮らしながら少しずつ空間を更新していくというコンセプトに共感し、実践しています。 住み始めて2か月が経ちますが、これまでの生活の延長線上にありながら、ストレスのない暮らしができています。リノベーションというと劇的な変化を求めがちですが、「更新」という視点を持つことで、無理のない形で生活を整えていけることを実感しています。 住居とコミュニティ 新しく住み始めたマンションの住民の方々はご高齢の方が多いですが、皆さんとてもフレンドリーで心地よく過ごせています。世代を超えて日常的に交流できる環境があり、地域との関わり方を改めて考えさせられる機会になっています。 地域づくりの観点からも、住宅環境の変化は大きな影響を持っています。高齢化が進む中で、住まいをどのように維持・活用していくか、また新たな住民がどのように地域に馴染んでいくかは、今後ますます重要になるテーマだと感じています。 今回の引っ越しを通じて、個人の暮らしと地域の関係性について、より深く考えるきっかけを得ました。

新年度に向けて

3月も終わり。 年度が変わるタイミングはいつもソワソワしてしまいますね。 新年度に向けていい準備ができればと思いながら過ごしております。 人事異動のシーズン この時期は、各自治体でお世話になった方々が離れていってしまうシーズンでもあります。 今年度ご一緒させていただいた方も数名が部署を離れられます。 なかには「1年目なのにもう言っちゃうの?」という方も。 次年度についても協議していた方もいたりしたので、致し方ないとはいえ、なんとも悲しい気持ちになりますね。 ただ、移動先でお声かけいただけたりすることもあるので、長い目で皆さんとお付き合いできればいいなぁと思っています。 新天地でもご活躍されることでしょう。 良い習慣は才能を超える 年度が変わるタイミングは、何か習慣づけるのにはいい時期だそうです。 フレッシュスタート効果と言って、新しい年を迎えるとき、新年度になるときなどに合わせて習慣化したいことを始めると、効果があるそう。 個人的に、次年度に移行するにあたって習慣づけたいことは 読書週間 中学校や高校のように「朝10分間の読書週間」みたいな形でインプットの時間を取れるようにしたいなと思っています。 忙しさを言い訳になかなか時間が取れないので、強制的に取れればいいかなと。 今年で創業してから10年目に突入します。 まだまだたくさんの知見を得ながら、公私に活かしていければと思っています。 皆さんはどんな習慣づけをしたいですか? 健全なご意見 年度末ということもあり、いくつかのプロジェクトで成果報告会なども実施しています。 先日、一昨年度から関わっているとあるプロジェクトでも報告会が行われました。 前年度に計画策定をして、今年度がさまざまなプロジェクトを進めていく初年度。 事業を進める上で指標となる面白いデータも取れたことなども報告・共有させてもらいました。 計画策定時にはさまざまな市民の方に関わっていただいたプロジェクトだったのですが、その報告会の中で、ひとりの参加者の方が「計画への関わり方がわからない」と言ったご意見を共有されました。 コアとなる関係者間では順調にいっているつもりでも、そうでない方は当然いるし、声が上がらないからと言って、そういう方がいないという訳ではない、と改めて気付かされたシーンでした。 声をあげてくれた方には感謝しかないのですが、こう言った方々が...

年々スピード感が上がる年度末

もう3月になってしまいました。 前回記事にも書きましたが「一月往ぬる二月逃げる三月去る」とはよく言ったもので、歳を重ねるごとにスピード感が上がっている気がします。汗 3月はどんな1ヶ月になるのでしょうか・・・。 思い込みは捨てたい 先日、海に隣接するいちき串木野市で「近海魚」をテーマにした取材を行いました。 いくつかの物産館や魚屋さんへ話を伺いに行ったのですが、どこの方も口を揃えていうのが「鮮度を大事にしている」ということ。 「魚屋だから当然でしょ」と思われますが、そこで聞いた鮮度の考え方が面白かったのです。 「獲ってすぐ締めればいい」と思っていたのですが、そういうわけではないらしい。 逃げまわった魚の筋肉は疲労していて、その場で締めるとアンモニアが出るそう。 プロの方々は少し魚を休ませてから締めるのだとか。 そうすることでアンモニアの発生を抑え、臭みのない切り身にできる。 取材先でいただいた刺身はどれも美味しく、取材しながらバクバクと箸を進めていました。笑 言われてみて納得で、思い込みで語るべからず、、、だなぁと思った出来事でした。 (切り身にしてからも、プリプリなのがいい人もいれば、トロッと溶けるくらいのがいい人もいるので、締めた後も色々とあるそうで、これまた奥が深そう。) 公職の方にも人として接する 県職員の356人が精神疾患で休職というニュースが目に留まりました。 クライアントに行政の方が多いこともあって目に留まった気もしますが、実際に担当者が途中で変わるケースもあった経験もあるので「確かにそうかもなぁ」と思ったところもあります。 ありがたいことに私は接する職員の方々は、素敵な方ばかり。 そんな人たちの職場が大変なのは、こちらとしても悲しいはなしだなと思います。 職場の人間関係や就労環境など、様々なことが精神疾患の原因に挙げれると思いますが、 外部の人間ができることとしては、ちゃんと人ととして接してあげることくらいじゃないかなと思います。 時折相手が機械なんじゃないかと思うような物言いをされる方も見かけます。 「税金で働いているから」といって何を言ってもいいわけではないと思うわけですが、相手も一人の人間であることを頭に入れて、接して対話することが重要なんじゃないかなとこのニュースを見て思いました。 どの職場でも心身ともに健康的な場であってほしいなぁと思います...

「逃げる2月」ももう折り返し

2月に入りました。 公的機関がクライアントに多いので、年明けからの慌ただしい感じは年末って感じだなぁと思う今日この頃です。 入口が違えば関わる人も変わる 惣菜店を始めて3ヶ月が過ぎ、住むだけでは関わってこなかった地域の方々とコミュニケーションが取れるようになってきました。 小学生、一人暮らしの若い方、ファミリー、高齢者などなど。 多種多様な方々が周辺に住んでいることを実感。 それぞれに暮らしがあり、それに寄り添える事業をやっていければと改めて思う次第です。 これまでもまちづくりをいろんなところでやってきましたが、入口が違えば関わる人も変わってくる。 その方々の課題やニーズを捉えながら、事業を展開していくことにやりがいを見出しつつあります。 そういう意味では「惣菜店の間口は広い(いろんな人が来てくれる)なぁ」なんて思っています。 自分のやりたいことを持つ大事さ 年度末にかけて、携わっている事業関係も終わりを迎えます。 3年目となるワタシらしいはたらくを描くセミナーは、毎回最後に交流会を任意で実施して、ゲストにOGを招いて話を聞く時間にしています。 セミナーの後の活動を聞きながら、どう変化していっているのかアフタートーク的な感じでお聞きする時間。 去年も、今年も、そうだったのですが、お呼びする方みなさんバイタリティがあって、シンプルに「すごいなぁ」と感じます。 環境もかわりながら、前向きに「自分の目指す未来」に向けて生きる方々の姿勢には勇気づけられるばかり。 そういう方々をみると「自分のやりたいことを持つ」というのは大事だなと改めて思います。 「自分のやりたいことは何か?」常に問いとして持っておきたいですね。 5年ぶりにスマホを機種変更してみたら 1月末に長らく使ってきたスマートフォンの充電できなくなってきて、流石に仕事にも支障がでてきつつあったので機種変更しました。 調べてみるとなんと5年ぶりの機種変更。 新しいものを触っていると、それまで使っていたものの性能がかなり落ちていたことと新しいものの性能が上がっていることを実感できます。 (カメラ機能が向上して息子の写真が綺麗に取れるようになったので、妻から褒められています。いや、これまでがひどかったのか?笑) 毎日触るもので気づかなかったけど、この5年のギャップは凄まじいなぁと。 何事もそうかもですが、定期的に買い替える...

惣菜店をはじめました

11月も下旬。 南国鹿児島と言えど、気候も冬を感じさせてくれます。 そんななか、新規事業として惣菜店を11月1日からオープンさせました。 笹貫電停すぐ近くのビルの1階で 場所は鹿児島市内を走る路面電車の笹貫電停のすぐ近くにあるビルの一画。 かつてそこで作られた銘刀に由来する「笹貫」という電停名を店名につけ、「笹貫キッチン」としています。 鹿児島市ではありますが、合併された旧谷山市の市界で、かつてはお店がたくさんあったそう。 実は自宅に近く、我が家が一番助かる計画になっています。 笑 店舗のデザインは、尊敬する浜松の建築家・辻琢磨さんにお願いし、施工は大学時代の同級生である37designの味園将矢さんにお願いして、クオリティの高いものに仕上げてもらっていました。 いろんなタイミングがきっかけに やろうと思ったきっかけは、幾つかあるのですが大きくは3つのタイミングが重なったこと。 1つ目は、会社の新展開を検討した際に新規事業を立ち上げることが今後プラスに働くのではないかと思ったこと。 これまでの取り組みなどを関連づけながら会社を進化させるためにも、新しい事業を始めたかったのがあり、選んだのが惣菜店となります。 2つ目は、プライベートで周囲に家族のサポートができる場所が必要だと感じたこと。 共働き夫婦あるあるだと思いますが、日常的な食生活を全て自分たちで賄うのには、限界があり、家族の健康を考えると、安心した食を摂れる場所が周囲に増えることを切望したいました。 すでに7割を超える世帯が共働きと言われていますが、我が家のような家庭も周囲にはいて、その一助になればと思った部分もあります。 そして3つ目は、良い物件に出会えたから。 よく行くコーヒースタンドの隣が笹貫キッチンの店舗です。 電停と目と鼻の先にあり、住居やオフィスが乱立していて、それなりのニーズが見込めそうでした。 (隣に行きつけのコーヒースタンドがあるというのも大きい。笑) こういった物件との出会いは、タイミング次第。 見逃すとなかなか巡り会えませんので、飛びついたという訳です。 簡単には書きましたが、紆余曲折ありながら、惣菜店を始めるに至りました。 はじめてから3週間が経ち・・・ 飲食店経営は今回がはじめて。 最初からうまく行くわけもなく、すでに悪戦苦闘の毎日を送っています。笑 スタッフとコミュにケーションを取り...

南国・鹿児島も朝晩は寒く・・・

 10月に入り、ここ南国・鹿児島も朝晩は寒くなってきました。 またどこかでご報告できればと思っていますが、今進めている新規事業も着々と準備が進んでいて「体調崩さないようにしなければ」と思っているところです。 江夏潤一さんの展示を見にいきました 先日、鹿児島市役所近くにある レトロフト で開催中の展示にいきました。 展示作家は、鹿児島在住のイラストレーター・ 江夏潤一 さん。 お仕事でイラストをお願いしたりしているのですが、とても柔らかく温かい絵を描かれていて、個人的に好きな作家のお一人です。 最近は文字をモチーフにしている作品を作られていて、今回は漢字の象形文字をイラストされていました。 象形文字のもつイメージを活かした絵がとても可愛い。 漢字の意味を覚えるのにも役立ちそうで、教育的でもあるなぁと思います。 (思わず1枚絵をオーダーしてしまいましたが、届くのが楽しみ。笑) 国内外でも活躍する江夏さんの絵が身近で買えるのは、本当にありがたいことだなぁと思ったところでした。 女性を応援するセミナーを企画運営しています 今年度で3回目になるのですが、女性向けのセミナーを企画させていただくことになりました。 女性が自信を持って未来を選択するための思考整理をゲストやほかの参加者と一緒になって進めるセミナーです。 「男性であるあなたがなぜ?」と思われる方もいると思いますが、僕がこのセミナーをやる理由のひとつは「女性が社会にでることは、女性だけの問題ではない」と思っているから。 我が家も共働きで、妻もがっつり働いています。 夫婦の協力なしには、家庭運営できないと思っていて、家族がそれぞれどんな未来を描きたいかを擦り合わせながら、迫り来る課題に対処していく毎日を送っています。 専業主婦という選択肢も全然ありだと思いますが、家庭の生涯年収や日本の生産性向上などを考えると、女性が社会に出て働くこと自体は多方面でメリットがある。 ただ、それにはいくつか課題があり、それをクリアするにはいろんな知見を得たり、考える時間が必要だと思っていて、それをサポートするのがこのセミナーになります。 キャリアデザイン編、起業編と分かれていますが、興味のある方を選択してもらえればと思っています。 4ヶ月間という長丁場ですが、参加する甲斐はあるかなと思っていますので、興味のある方はぜひご参加ください。...

少しずつ忙しくなる秋

今年度の事業も動き出し、いよいよここから山場が来るぞとなっている今日この頃。 9月下旬は、公私共にバタバタしながら県内外を回った印象です。 視察対応でいちき串木野市をまわる 大阪の阪南大学経済学部の皆さんが鹿児島に研修に来られていて、そのアテンドをしました。 現在関わらせていただいている、いちき串木野市の「食のまちづくり基本計画(第2期)」の話をしながら、市内を回りました。 途中、薩摩英国留学生記念館にも立ち寄り、羽島から旅立った若き留学生のストーリーも堪能。 この歳になってようやく歴史の面白さがわかるようになったので、こういう施設も楽しめるようになったなぁと思ったところでした。 学生さんたちには、食をテーマにしたまちづくりの話をして、その課題の複雑性や解決に向けて動く姿を見ていただけたのではないかなと思っています。 息子が熱発して、1週間病児保育に通いました 2歳の息子がいるのですが、先日の週末に熱発して保育園を休みました。 我が家は共働き家庭で、親戚の類も近くにいないので、こういう時はかなりのピンチ。 どちらかが休むしかないのですが、仕事を休むと給与が減る&仕事が進まない事態に陥ってしまいます。 (もう共働き家庭のほうが多いので、こういう家庭は多いのではないかなと思いますが、、、) そんな時には、よく病児保育を活用しています。 住んでいる鹿児島市は最近LINEを活用した予約サービスを始めていて、予約もスムーズ。 ただ、病児自体の数が多くないので、入れるかどうかはタイミング次第というのはあります。 1日預けて2,000円。平日5日間預けると10,000円になるので、まぁまぁ家計としては厳しいのですが、それ以上に働くほうがメリットがあるだろうと、都度利用しています。 健康第一ですが、まだ免疫がついていない子供はすぐに体調を崩しがちです。 そんな時にも安心して働ける環境がもっと広がってくれるといいなぁと思っています。 珍しく県外出張 県内の仕事がメインなので、県外に行くことはプライベートの方が多いのですが、先日珍しく出張で鹿児島を出て、熊本へ。 写真は、連れていってもらったラーメン屋「北熊」 カウンターに山盛りのキムチが置いてあって、それを食べながらラーメンを待つ感じが良くて、開店前からお客さんが並ぶ老舗店って感じでした。 (バタバタしてて、これしか写真撮って...

お久しぶりの、、、

前回の投稿から1年以上が経っていて絶句するとともに、自分の意思の弱さに落胆している市村です。 お久しぶりの投稿となります。 さて、この1年忙しくさせてもらっていたわけですが、色々と変化があったので、報告がてらつらつらと書いていこうと思います。 個人事業と法人の統合 これまで個人事業(屋号:市村整材)と法人(株式会社サルッガラボ)を同時に運営しておりましたが、2022年の6月に統合して、名称を変更。 株式会社スタジオグッドフラットとして、会社をリニューアル?させています。 依頼が増えるにつれて個人と法人で分ける意味というか、理由がはっきりしなくなったのと、経理処理などの手間を考えるとこちらの方がスッキリ。 色々と手続き的な面倒はありながらも、ようやく踏み切りました。 ロゴマークは、いつもお世話になっている株式会社オンドデザインの馬頭さんにお願いしました。 絶妙なバランスで組み上げてもらって嬉しい限り。 ロゴに負けないよう、たくさんいい仕事ができるように努力したいと思っています。 新しく挑戦していること 今年の4月に入って、新しくはじめたことがいくつか。 いずれも自分に対しての投資?みたいな感じで始めています。 1つは人間ドックの受診。 1月末あたりから体調不良が続き、周囲の薦めもあって人生初の人間ドックへ。 不安だったものの、概ね良好で安堵しました。 その後、体調も回復したので妻からは「病は気からだね」と言われたり、、、笑 ただ、人間ドックでは、筋肉量の低下などが見られ、自分の老いを感じてしまったところもあったので、4月からジムにも通うようになりました。(これが2つ目) 少しでも仕事のパフォーマンスを上げる意味でも自分の体への投資をすべきだなぁと判断したところです。 そして、3つ目が公開授業の受講 以前から公開授業の広報のお手伝いをさせてもらっていたのですが、それを自ら受けてみようと申込み。 「社会教育と地域創造の関わりを学ぶ」という授業で4人の先生がそれぞれ参加されるというなんともありがたい高コスパの授業でした。笑 この歳になったからこそ、改めて学ぶことの楽しさを体感できた気がします。 普段は実践する日々ですが、理論的な部分を短期間で体系的に学べて、毎回純度の高い知識を得られるなんとも贅沢な時間でした。 そんな感じで、4月に入ってから新しい試みをやっています。 事務...

近況報告です

ご無沙汰しております。 久しぶりの投稿になります。 相変わらずのブログやるやる詐欺を働いておりますが、年度も変わって少し落ち着いたので、近況報告がてらの更新です。 年度明けて2021年度の仕事をまとめました 昨年度は大小入れると30くらいのプロジェクトに関わらせてもらいました。 多いのか、少ないのかは、よくわかりませんが、いろんなところで声をかけてもらったのは、大変ありがたいことだなと思っています。 関係者の皆さんに感謝!そして、相変わらず「何屋なのか?」の問いを受けることも多いのですが、それに答えることは若干放棄しつつ、一旦、自分の1年間の仕事をまとめてみました。笑 下記リンクよりご覧いただけます。 https://www.dropbox.com/s/sha3vg0vtiztvne/%23%23_AnualReport2021.pdf?dl=0 個人、法人合わせて12のプロジェクトを掲載。プロジェクトのテーマは多岐に渡りますが、共通するものも見えてきたように思います。 「何屋なのか?」には答えられていないところですが、「何ができるか?」については、ある程度わかっていただけるのではないでしょうか?汗 関係される立場、事業でお手伝いできそうなことがあれば、是非お声かけください。 恩師・山崎亮さんと会いました 話は変わりますが、先日、師と仰ぐコミュニティデザイナーの山崎亮さんと再会。 昔と変わらず、先を見ながら、精力的にインプットとアウトプットを繰り返されているを感じ取れていい刺激をいただきました。 山崎さん自身、最近はYouTubeで自身の考えをアップされていて、非常に学びが多いのですが、特に先日アップされていた公共空間の公民連携についての話は、公共の仕事を担う人間として襟を正さねばと思ったところです。 (近い仕事をされている方にはおすすめです) https://www.youtube.com/watch?v=cWt6sv9RK68 「稼ぐ視点も大事だけれど、、、公共の包容力は維持しておきたい」といった視点は非常に共感。 気になった方は是非見てください。 今年度の目標「推薦図書を月1冊」「ブログは月1本を月報的に」 2022年度も始まったばかり。 「今年度も良い仕事をするぞ!」と意気込んでいますが、いい仕事をするためにも、しっかりインプットとアウトプットを続けていきた...

2020年を振り返って

激動の2020年ももうすぐ終わります。 みなさんは、どんな一年だったでしょうか? 昨年のこの時期に書いたブログ を見ると、今年のこの状況なんて、1mmも予想していない感じで「のんきだなぁ」と思ってしまいました。 (2019年はそれなりに大変な時期ではありましたが、、、) 新型コロナウィルスは、これまでの社会を転覆させるくらいの強い影響力を持ったわけですが、、、 個人の話をすると、その環境下でも、公私ともに色々と変化のある年でもありました。 一年を振り返って、簡単にまとめておきたいなぁと思います。 昨年巻いた種が実ったような仕事の日々 まずは仕事について。 昨年は、仕事がなかなか取れず、厳しい状況が続きましたが、そのなかでも、いろんな方面に仕事の種を巻いてきたなぁと思っていました。 おかげさまで、今年は、その種から芽が出て、昨年の努力が果実となったような出来事がいくつかありました。 ありがたいことに、コロナ禍において、本当に忙しく、充実した日々を送らせていただきました。 本当に周囲の皆さんに感謝しております。 なかでもより、意識していた言葉として「パブリックデザイン」に関する仕事があります。 「地域」だけでなく、より広域な「社会」や「公共」を考えながら、存在している課題を解決する取り組み。 そんな仕事にも、昨年よりも増して関わらせていただき、自分の仕事の方向性を改めて定める機会にもなったかなと思います。 そういう意味でも充実した一年だったなと。。。 ただ、全てが順風満帆に終わったわけではなく、苦労したものもありますし、まだまだ続いているものもあります。 年度末まで、気を抜かず、しっかりやりきって行きたいと思います。 2人と2匹の生活になりました そして、プライベートでは、4月に結婚して、人生の伴侶との生活が始まりました。 ついでに猫も2匹ついてきて、毎日にぎやかな生活をしています。笑 自分だけではない生活は、難しいと感じることもありますが、新しい発見や刺激があって、自分の人生を豊かにしてくれる気配を感じています。 仕事だけでなく、プライベートもしっかり充実させていきたいと思います。 話は飛びますが、言葉の通じない猫2匹と暮らすということについてよく考えるようになりました。 それなりに大変ですが、相手の考えていることを汲み取ったり、こちらの意図を伝えたりと、非言語コミュ...

はじめましての風景と変わる風景

 10月最終日です。 忙しいことはありがたいことですが、それにかまけて、ブログまで気が回りませんでした。汗 ブログは内省の時間にもなるので、「こういう時間を定期的に作らないとなぁ」と都度反省しております。。。 県内を転々と 今月は仕事で、県内各所を回る機会が多く、いろんな風景に出会いました。 霧島、伊佐、志布志、鹿屋、さつま町 など。 同じ鹿児島といえど、地形も違えば、文化も違うし、見れる景色も、採れる農作物も違います。 こう書いてしまうと「当たり前じゃん」って思ったりもしますが、見方や感じ方が変わると新たな発見も多く、楽しいと思える時間になったなぁと、ここ最近を振り返って思います。 まだ行けてない場所も多いので、落ち着いたらもっと色々と回ってみたいなと思っているところです。 コロナの影響もじわじわと 一方で、このコロナの影響で閉店してしまったお店に気づくなど、マイナスな変化を感じることもありました。 今回のパンデミックは、ギリギリのところで営業していたお店の閉店のきっかけを作ったと言えるのかもしれませんが、お店がなくなることは、地域のコンテンツがなくなることでもあるので、やはりとても辛いことだなとあらためて。。。 災害やパンデミックがあっても、しぶとく生きられる地域を作るにはどうすれば良いんだろうかと思考を巡らせたりしています。 ヨーロッパほどではないですが、日本もまだまだ安心できない社会状況かなと思っています。 冷静に、粛々と、目の前のことを、丁寧に取り組んで、次に繋げていければと思います。