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入り口をつくる

林家彦いちの大人の落語会
先日、いつも遊んでいただいている方々(経営者や企業の重役など、エライ人たち)と落語会を開催し、無事に終えることができました。
発端は、メンバーの一人が「落語会をやってみたい」ということからスタート。
鹿児島県日置市出身の落語家・林家彦いち師匠にお越しいただきました。
(師匠って呼ぶの、なんかいいですよね。笑)

落語の入り口として

開催日は成人の日。
おめでたい日ということもあるし、「落語初めての方にも聞いてほしい」という思いも込めて、「ハードルの低い落語会にしましょう」と進めてきました。

タイトルは「林家彦いちの大人の落語会」

「大人の」と着くだけで、クオリティを担保しつつ、少しハードル下がった気がするのも不思議ですが、当日は落語初めての方も多くいらっしゃったようです。

落語会自体は2時間程度でしたが、今回は「初めての方でもわかるお話を」ということで、前半は彦いち師匠が私服でフリートーク、後半着物に着替えて落語を2席。
しかも落語は2席とも新作落語。
予備知識(時代背景とか)がなくとも、楽しめる内容にしていただきました。

いやぁ、本当に楽しかったです。
生で見る「ムアンチャイ」に感激。

話し上手は、聞き上手?

落語家に対して「話が上手い!」というのは失礼ですが、師匠が話すのを聞きながら、「やっぱり上手いなぁ」と思ってしまうわけで。。。
そして何より、聞き上手なんじゃないかなぁと。
フリートークの冒頭では、当日の会場について話をされたのですが、設営のときに僕が師匠に何気なく説明したことを、かなり拾ってくれて笑い話にされていたのが個人的に印象に残っています。
(会場は、イイテラスというモダンな建物のホールで、オーナーが現代美術作家。)

落語家は、違う人が同じ話をするイメージがありますが、話し手によって印象がガラッと変わります。
しかも何度でも聞ける。

想像するに、落語家は、アウトプット(話の組み立て、プレゼン能力など)が上手いのは当然のことながら、やはりインプット(話の拾い方、オリジナルの解釈など)も上手いんじゃないかなと思ったりしました。

落語とは違うけれど、人前で話すことをするので、勉強になるなぁと思いながら聞いていました。

やってみることで見えること

そして今回の落語会、メンバーひとりを除けば、落語会の主催は初めて。
僕もどれくらいの予算感や規模感になるのかもわからず、進めていたところもありました。

結果から言うと、収支は赤。笑
(といっても、大怪我ではない)

逆に裏を返せば、規模感が把握できたとも言えます。
予算を見積もるなんてことは、日常的にやっていますが、やってみないとわからないこともあります。

思ったより経費かかるな、とか
思ったよりかからなかったな、とか

規模感がわかったことで、目標にすべきチケットの売上とか、会場の妥当性とか、備品の要・不要なんかも判断できるわけです。

そういう意味では、今回の落語会をしたことで、落語会(運営側)の入り口ができたようなきがしています。

次回は、赤にならないようにできると思う、、、たぶん。笑

楽しいことは、みんなでやる

結果として、赤字だったわけですが、今回の赤字は精神的なダメージは軽いなと思えたのも発見でした。
なんと言っても「楽しそう!」と思えることをやっているわけで、自分達の道楽に人を巻き込んでいるので、楽しいことを買っていると思えれば良いんじゃないかなぁと。
みんな楽しそうにやっていたと思います。(たぶん)

昨今、イベントごとは収支を問われたりすることも多いですが、こういうスタンスが取れることも良いんじゃないかなと思います。
好きだから、楽しいから、赤字覚悟でやります。
こういうイベントに人が来るんじゃないかなと思ったり。

赤字ではあるけれど、みんなで背負うことができたし、終わった後にみんなで「楽しかったー!」って言えればOKなのではないでしょうか。
仕事としてやっているわけではないので。

「楽しいことはみんなでやる」スタンスの良さに気づけたような気がします。
少なからず、僕はまたやりたいと思えています。


という感じで、手弁当でやった落語会。
いろいろと学びも多く、いい機会になったんじゃないかなと思います。
みんなの気が向けば、またやることでしょう。笑


ちなみに会場でも販売した彦いち師匠の新著「瞠目笑-天地万象をネタにした珍笑話集-」も面白かったですよ。
ラジオで毎週落語を作ってるとか凄すぎる。。。
興味のある方は、ぜひ読んでみてください。


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