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3月, 2020の投稿を表示しています

最近得た気づき

「いつかは来るだろうなぁ」と思っていたら、ついに鹿児島でも新型コロナウイルスの感染者が出てしまいました。 (感染された方が無事に回復してくれるといいのですが・・・) 自分たちも感染予防は、さらに徹底しないといけないなと思っているところです。 とは言いつつも、自粛ムードや自宅待機の要請なんかを聞くとやっぱり気が滅入ります。 「これからどうなってしまうのだろうか」と、どうしようもない現実にネガティブな思考を進めてしまったり。。。 まぁ、自分ができる範囲でやるしかないとは思うのですが。。。 内省の機会と思って参加した研修会 そんななか、先日とある研修に参加してきました。 (コロナウィルスのこともあって、かなりの厳戒態勢で開催されてました。) 研修と言っても、なにか技術的なものを身につけるのではなく、地球や社会に対して問いを立て、みんなで考えていくような研修。 現実に地球で、社会で、起きていることと向き合い、それにどう対峙していくか、自分とも向き合いながら参加者全員で考えていく時間でした。 いつも年度末や年始のタイミングでは、内省するようにしているので、いい機会だなぁと参加したのですが、思った以上に学びが多かった気がします。 得られた気づき 研修自体は、これからの地球環境や自分たちの暮らしをテーマに、いろんな議論を展開していってそれぞれに知見や問いを得ていく感じのプログラム。 個人的に収穫だったことがいくつかあったので、そのなかの1つを紹介します。 それは、 「もし、みんなで同じ方向を向いて、なにかを成そうとするのであれば、同調ではなく、協働や共創の関係性で進められると、僕は過ごしやすい。」 そう思えたことです。 まだ抽象的ですが、ここ数年自分の感じていた違和感を言語化できた瞬間だったようなきがしています。 同調ではなく、協働や共創 例えば、今回の新型コロナウィルスの対応の在り方でも、「外出するな」と危機感を煽っても、当事者意識が薄い若年層は、リアリティがなく、共感しづらい。 だから、駄目と言われても外出してしまう。 同調圧力をかけても、人は動かないのではないでしょうか。 (もちろん、やばいと思って、外出しない人はいると思います。) そのときに、協働、共創の視点を持てるかどうか、が自分にとっては大...

社会に何を提供するか

※写真は内容に関係ありませんm(_ _)m ← 最近これ多い コロナウイルスの影響が収まらない、むしろひどくなった状態での年度末が続いています。 現状、自分の仕事には大きな被害はありませんが、飲食店や宿泊業の方なんかは、本当に心配です。 微々たるものではありますが、経済を動かす努力をしたいと日々買い物をしようと心がけています。汗 仕事の話でいうと、今できることは、目の前にある報告書や確定申告等を粛々と仕上げていくだけだと思うので、丁寧に進めていきたいところです。 (確定申告は延期になっていますが、当初のスケジュールどおりに終わらせました。) 次年度の準備をする時期 そして、この時期になると、次年度の仕事の話や、公共事業の公募があったりと、次の1年が決まりはじめる時期でもあります。 事業を締めつつ、新しい事業を考える、本当に忙しい時期です。。。 そんなこともあって、忙しいなかでも、できるだけ自分の信念や興味関心、役割などを振り返ったり、確認するようにしています。 今回は、そこで考えたことを少し書き留めておきたいなぁと。 社会に提供できること この時期はいつも「自分の社会的な役割、社会に提供できることってなんだろうか?」と考えています。 仕事=自分が社会に提供できること まぁ、色々とあるんでしょうけど、これまでの仕事をふりかえりながら考え、一言にまとめてみました。それが下に書いてあるものです。 「理想とされる概念や考え方を、社会や地域に実装すること」 この言い回しが今の所しっくり来ている感じです。 これが自分の役割で、提供できることだと思っています。 理想とする考え方を社会実装する 例えば、昨年やった 男性の家事育児促進事業 を上げると、「男性が家事育児に参加する社会」はみんな(?)が理想とすべきところだと思います。 ですが、そうなっていない現状には、どんなハードルがあって、どんな方法で乗り越えて行くのか考えなければいけない。 そのために、シンポジウムで問題提起をして、解決策を模索する場作りを行ったと考えています。 理想とされることを、理想のままにせず、どうすれば社会に実装させていくことができるのか考えて、実行する。 そういう仕事がこれまで多かったなぁと思うし、そして、自分の充足感にもつなが...

目の前にあるか、ないか

※写真は先日いった輝北天球館からの眺め。内容にあまり関係ありませんm(_ _)m 3月に入りました。 ・・・ですが、コロナウィルスのせい(?)で世間も自分もいつもとは違う年度末にバタバタとしています。 前回書いた記事 から2週間が立ちましたが、事態は収まるどころか、広がる一方です。 関わっている仕事でもセミナーやイベントの中止や延期が決まってしまったものもあります。(被害は軽傷) 仕事仲間とも「鹿児島県に感染者が出るのもすぐだろう」と話していたり、今後の見通しの立たなさに不安になったりしています。 (不安になってもしょうがないのですが、、、) 紙製品の騒動を見ていて思うこと この騒動のなかで、様々なことがテレビで取り上げられていますが、自分の身近なところで気になって考えていたのは、やはり「紙製品デマ」の問題。 「(中国製品が入ってきづらくなるので)トイレットペーパーやキッチンペーパーなどの紙製品がなくなるのではないか?」というデマが広まり、スーパーマーケットやドラッグストアなどの商店から紙製品がなくなるという騒動です。 その後、 日本家庭紙工業会からのリリース で、トイレットペーパーなどの紙製品のほとんどは国内生産で、広まった情報がデマであることがわかりましたが、それでもニュースでは、商店で大量の紙製品を買う消費者の映像が流され続けていました。 ニュースを見た当時は「冷静さを欠いているなぁ」と思っていましたが、近所のスーパーの陳列棚から紙製品が消えていく様子や、我が家のトイレットペーパーの残数が1ロールしかないことなどが重なり、自分の中でも「やばいかも・・・」と考えがよぎったことが正直ありました。汗 目の前にないから不安になる 「ある」という事実を知りながらも目の前に「ない」ことに焦る。 僕らは目に見えるものに対して安心感をもっているんだなぁと改めて思いました。 「不安だから保険として今のうちに買っておこう」 そんな風に思うのも無理もなく、行動に移してしまう人に同情できなくないですが、過度に反応してしまうのも良くないなぁと自身の思考の弱さに反省したりしました。 人生に不安はつきものですが、いかに自身のなかで不安を飼いならし、冷静でいられるかが大事だなと思った次第です。 日々、情報との向き合い方を考え、安心で...