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アートとアートマネジメントについて考える

※写真と内容は関係ありません。
ここ2年くらいアートマネジメントをテーマにした講座で企画の立て方を教えることがあります。
アートマネジメントは、アートと社会をつなげるノウハウや、アートが現代社会においてどうあるべきかを考えること。
正直に言うと、10年くらい前まではアートに対して「よくわからないもの」としてアレルギー反応があったので、不思議な縁だなぁと思っています。

そしてアートそのものについては、専門家ではないので定義は困難だけれど、自身の体験を思い返しながら、文献なんかを読み漁りながら、自分に腑に落ちる考えかたを見つけて伝えるようにしています。
今のところ、「作者の精神を表現する欲求であり、評価や商品価値は二義的である」という考え方が腑に落ちているけれど、アートマネジメントの先駆者の一人である林さんの著書「進化するアートマネージメント」で
「アートという言葉の定義は、人類の永遠の問いかけの一つである」
(林容子著,2004,進化するアートマネージメント)
とあるように、やはり自身でアートの定義をするにはまだまだ時間がかかるなと。

一方で企画を立てる者としては、そのアートの効能について把握しておく必要があって、その点については、自分なりの考えを持って伝えるようにしています。
それは外堀を埋めるような発想だけれど、「生活に必要なこと」と「人生に必要なこと」を引き合いに出して伝えています。
生活も人生も英語にすれば、双方ともに「LIFE」。
人はこの2つを学びながら生きていて、この後者にアートは影響を与えているという考え。

「生活に必要なこと」は、方法や技術などの「効率よく生きていく」ためのテクニックの様なもので、合理性や経済性に重点が置かれている。
「人生に必要なこと」は、思想や哲学などの「豊かに生きていく」ための姿勢の様なもので、生き方や人生観といった考え方。
アートは特に後者に対して訴えかけるもの。

アートは、生活する上で必要のないものだけれど、「はっ」とさせられたり、既存の価値観を揺るがしたり、普段使わない感覚や感情を動かしてくれたり。
そう考えると企画においてアートの取り扱いが見えてきてくるのではないでしょうか。

企画の基本は「問題を見つけること」と「対策を考えること」。
ある問題に対して、アートの効能が有効だと思えれば、企画に取り入れられると思います。

[参考書籍]

林容子著,2004,進化するアートマネジメント

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